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大阪レトロからモダン建築探訪~ええ雰囲気やわ~♪(8)  【2013/04/21】 街ゆけば 大阪


『清水猛商店』~大阪市中央区淡路町3-5-6
築:1923年(大正12年)

歩いていたら気になりますよね、この建物。

和洋折衷の鉄筋コンクリート造り三階建てでしょうか。
横の壁に赤レンガ、屋根は日本瓦、それに美しいアーチ窓

ひさしに特徴がありますね~
4本の吊り金具と西洋式ランプは趣がありますよ!

2階中央に壁と垂直に掲げられた吊看板がなんとも素敵です!!

いや~~、凝った意匠やね~!(^^)! 

中を見ると何やら作ってますね。
どうやら、室内装飾を作るお店のようです。

おっと!2階に上がる階段も雰囲気ありますね~


『旧:板谷歯科医院』(現:スポーツ3110?)~大阪市中央区淡路町3-6-12
築:≒1921年(大正10年)

『清水猛商店』の意匠に目を奪われて、通り過ぎそうになりました。

この建物は『清水猛商店』の前にあるんです(笑)

近づいてみますと、スポーツ3110の宣伝がありますが、
やってない様子です。

コンクリート面と
スクラッチタイルの後ろ面の組み合わせが変わっています。
昭和初期に非常にはやったんですよね、スクラッチタイル

スクラッチタイル側にアーチ窓がありますが、
コンクリート面には丸窓が・・・・・
昭和初期以前のビルに欠かせないのが丸窓ですね。

ネットで調べてみますと、『板谷歯科医院』は昭和13年開業とのこと。
現在は閉院してますね。

3階に目を向けますと、電気が点いてるんですが、
どっから上がるんや?(笑)


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『十三の東』~大阪の路地もいいもんだ&珍しい車庫♪  【2013/04/17】 街ゆけば 大阪




阪急十三駅西口を出ると、たくさんの路地がありますよね。

代表的なのが「しょんべん横町」でしょう。

十三の東でも路地を発見!
もちろん、車が通る道幅はありません。

比較的新しい家と古い家が混在してますよ。

京都のように路地にある町家を改装して
おしゃれなお店にするような立地ではなくて、
完全に住宅街です。

なんですが、
公道でありながら私有物が前よ前よと占有してますやん!
アカンと思いますが・・・・・

そしてその近くに、こんな光景が・・・・・




手前が普通の駐車場で、その向こう側に何やら見えますでしょ!

じゃじゃん!!

屋根付きモータープールです(笑)

むかし、こんなんありましたよね~
なつかしい~

でも、今は使用されていない様子。
他人事ながら、わたしならこの土地を即売りますけど(笑)

ウロツクのも楽しいではないですか!色んな発見があって(笑)


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大阪レトロからモダン建築探訪~ええ雰囲気やわ~♪(7)  【2013/04/05】 街ゆけば 大阪




『青山ビル』~大阪市中央区伏見町2-2-6
築:1921年(大正10年)

最初に目を引く建物全体を覆う蔦に、ぎょぎょ! (゚o゚) !

なんでも先代が甲子園球場から株分けしてもらったようです。
寒い時期はこんな色でしょうが、新緑のころは綺麗に映えるでしょうよ!

昭和9年創業の老舗珈琲店『丸福珈琲店 北浜店』が
ここで営業されていますね。

青山ビルのレトロで優雅な空間にぴったりやね!
高槻にも『丸福珈琲店』はありますが、こちらはオシャレ系です。

館内も大正時代の匂いがプンプンします。
ステンドグラスやねじり細工の階段の手すり、いいですね~



その建物の右側に・・・・・
「パパ!ヘアーサロンAKAZAWAってあるよ!(笑)」

「こっちの入口のドアにはヘアーサロンあかざわって(笑)」

知る人しか知りませんが(当たり前(笑))、親近感を覚えます(笑)


『青山ビル』の右隣には『伏見ビル』があります。

青山ビルと同時期の1923年(大正12)に建てられた建物だそうです。
隣同士に同時期の建物が並び、
残されているのはめずらしいんじゃないかな。。。。。

中はオシャレなレストランが営業されていました。

こうやって、ふらっと歩いてレトロ&モダン建築を
見つけるとうれしくなります(^^)/!


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大阪レトロからモダン建築探訪~ええ雰囲気やわ~♪(6)  【2013/03/31】 街ゆけば 大阪

『船場ビルディング』~大阪市中央区淡路町2-5-8
築:1925年(大正14年) 内部改装:1998年(平成10年)

淡路町を歩いていたら、何やらレトロな建物があるじゃないですか。
立ち止まって見ていたら『船場ビルディング』とあります。

すると、かなり離れているにも関わらず自動ドアが開きました。

わたしの目の前にゾクッとする光景が現れたんです。



エントランスから奥へ床の木レンガがつづき、
光に照らし出された中庭が見えるなんて・・・・・

素敵な空間に見惚れて、暫し佇んでしまいました(@_@)
いやはや、とつぜん恋をしたような気分に陥った感覚です。

中を歩いてみました。





異国情緒たっぷりですね。ここはスペイン?
4Fまで吹き抜けになってますね。

ヘアーメイクやデザイナーズのオフィスが
小さな部屋に多数入ってました。

それぞれの部屋の木製の窓枠がオシャレやわ~
それに清掃が隅々まで行き届いていて清潔感があっていいですね~

見とれていると、1Fの自動ドアが開き

マリンブルーのパンツに茶のブーツ、
真っ白なジャケットに茶系のスカーフ、
黒のバッグをさり気無く肩にかけて、
髪をなびかせながらこっちに向かってきました。

真木よう子似のカッコいい女性です。
前を通り過ぎ、後ろ姿に目を合わせていると
hair makeの「atelier Demode」へ入っていきました。

モデル?それともヘアーデザイナー?

素敵な容姿に見惚れて、暫し佇んでしまいました(@_@)
いやはや、とつぜん恋をしたような気分に陥った感覚です。

というオチです、ジャンジャン!!(笑)



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『道頓堀のド派手な看板たち』~個性が豊かなのか、それともいちびりなのか(笑)  【2013/03/21】 街ゆけば 大阪
大阪のキタと違いミナミの道頓堀には
全国的に有名な『グリコ』や『かに道楽』の看板がありますね~

そのほかにもたくさん大きな看板がありますわ。

一般的にいえば「大阪らしく目立ってなんぼの世界!」

ほんと、ド派手で大きな看板たちやわ~

個性が豊かなのか、それともいちびりなのか(笑)

まあ、これだけの巨大看板が密集しているエリアは
日本広しといえど、道頓堀だけやろね。

この巨大看板を撮影する人たちをよく目にします。

どういう気持ちで撮影するのか、やってみましょう(笑)

あんさんは、お上りさんか!!(笑)

おお~、構図やら太陽光の当たり方による色彩表現は
なかなか楽しいやん!!(笑)

現在の道頓堀通りは大きな看板が多いけれど、
約100年前になる大正のデモクラシー時代は
芝居小屋が立ち並んでいたんですよね。

道頓堀五座と呼ばれていた、浪花座・中座・角座・朝日座・弁天座

その後、統合されて松竹座になったようです。

人を呼び込むために派手な装飾が作られたんやね。
その流れでしょうか。。。。。

そうそう、『生そばの更科』は100年前から、
今も道頓堀通りで営業されています。

おいしさと健康『グリコ』

アサヒ『スーパードライ』

とれとれぴちぴち『かに道楽』

ラーメン『金龍』

新世界元祖串かつ『だるま』

たこ焼き『くくる』

ふぐ料理『づぼらや』

焼肉『昭和ホルモン』

お好み焼き『道とん堀 大阪本店』

回転寿司『元禄寿司』

餃子『大阪王将』


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街道と舟運のまち『枚方宿』~枚方の名物であった「くらわんか舟」  【2013/03/15】 街ゆけば 大阪


江戸時代に、ほぼ京都と大坂の中間に位置する交通の要衝であり、
陸の街道だけでなく、街道とほぼ平行して流れる淀川を利用した
水上交通の中継港としても繁栄しました。

京街道(通したのは秀吉)を徳川家康が整備し、
東海道を大坂まで延ばして、
なので伏見、淀、枚方、守口の4宿を東海道に加えました。
東海道は、53次から57次になったんです。

その中の『枚方宿(ひらかたじゅく)』を散策しましょう。

往時を偲ばせる一部の建物が現存しているはずです。

高槻市からこの淀川を越えると枚方市になります。


「水面廻廊」

水運として栄えた歴史にちなんで、
水と歴史のふれあい広場が整備されています。
淀川を往来していた三十石舟モニュメントがありましたよ!


こちらの立派な建物はTUT○YA社長の生家だそうです。



ここは『枚方宿』の西見附ですね。

見附とは、見張りの者が置かれ通行人を監視した所をいいます。
この西見附から東見附までの約1.5kmに
多くの旅籠や店が並んでいたそうです。

枚方宿鍵屋資料館へ行ってみましょう。

この鍵屋資料館で『真夜中のお雛様』を見学し、
思わずウフフ(笑)になったのは、こちら




現在は資料館になっていますが、
当時は、伏見と大坂を結ぶ三十石船の船宿として
江戸時代に賑っていたそうです・・・・・代表格ですね。

市の文化財に指定された鍵屋主屋は、
極めて少なくなった江戸時代の様式を残す歴史的建造物なんですよ。

建物の公開だけでなく、水陸交通の要衝地、
枚方の歴史を紹介する資料館として、
とても有意義に学ぶことができますね。
わたしも1時間は居たかな・・・・・9:30~17:00 200円 火曜休

江戸時代、淀川を行き来する三十石船(米を三十石積めることから)に
小舟で漕ぎ寄せ、「飯くらわんか(食べないか)、酒くらわんか」などと
乱暴な言葉で、酒、餅、汁などを売りつけた煮売茶舟が「くらわんか舟」

家康から不作法御免のお墨付きをもらった商売で、
もともとは、高槻市桂本が発祥なんだそうですが、
枚方に移り、地の利を得て大繁盛し、枚方の名物になったんだって。

そういえば、保津川下りで「売店舟」が寄って来ましたわ(笑)



「問屋役人 小野平右衛門家」

今に残る枚方宿の問屋場。
人足100人、馬100頭を用意し、
前の宿場からの荷物を次の宿場までの運搬を指示する
役人宅だったそうです。


「問屋役人 田葉粉屋」

かつて問屋役人であった木南喜右衛門の家。
屋号の田葉粉屋は、“たばこやさん”をまとめていた役人ということ?



本陣や問屋場のほか旅籠や船宿、商家、茶屋など
多くの町屋が軒を連ねていた様子を、
今でも当時の面影として垣間見ることができて・・・・・

あ~~~、楽しかった♪

あっ!そうそう、旧東海道であることを示すために、
枚方市が道をアンツーカー色で識別しているのは素敵なアイディアで
観光に訪れる人たちにとってとても親切でありがたいことです(^-^)//""


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『瑞光寺のくじら橋』~ひときわ目を引く橋!!  【2013/03/05】 街ゆけば 大阪

阪急上新庄駅から歩いて数分のところにあるお寺、「瑞光寺」

ここに変わった橋があるのを思い出し寄ってみました。




実は・・・・・くじらの骨で造られた橋なんです!
長さは約6m、幅は約3mの橋。


1756年(宝暦6年)に瑞光寺4代目住職・潭住知忍(たんじゅうちにん)が、
南紀太地浦(現在の和歌山県太地町)に行脚した。
太地の村人は捕鯨で生計を立てていたが、
折からの不漁のために食べるものにも困っている状況だった。
村の代表者が潭住に豊漁祈願を依頼したものの、
潭住は「殺生は仏教の教えに背く」として一度は断った。
しかし村人の困っている様子を見て豊漁祈願に応じることにした。

潭住が祈願をはじめたところ豊漁となり、村の危機は解決した。
後日、村人は瑞光寺を訪問し、
お礼として黄金30両とクジラの骨18本を寄進した。
潭住がクジラの供養のために、
クジラの骨を使って橋を造ったことが、雪鯨橋の始まりとなった。
(Wikipediaより)


現在の橋は6代目の橋で、2004年に架け替えられたようです。
なるほど、定期的に交換されているんや。
骨だから、風化が激しのいでしょうね。

ううん、欄干の一部分がくじらの骨で造られていますね。
でも、古くは橋のすべての部分にくじらの骨が使用されていたみたい。

くじらの骨を使用して架けられている橋は
日本でもここだけだそうです。
いやいや、世界的にも例をみない珍しいものなんだから!!


現在の橋は6代目で、これらは5代目の扇骨(肩甲骨)です。


入口のところにも骨が立ってますね~


井戸にも骨がありますね~、これは飾りでしょうかね。


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『下町情緒漂う天五の中崎町』~大阪の路地もいいもんだ♪  【2013/02/28】 街ゆけば 大阪





大阪の玄関口、大阪駅、多くの人が行き交う梅田、
そして日本一の長さを誇る天神橋筋商店街のある天満・天神橋筋。

そのいずれからも歩いて行ける場所にありながら、
そのいずれとも趣の違う下町情緒漂うのが天五の中崎商店街です。

そんな中崎商店街から1本東の細い路地(浪花町)を
まるで迷路をめぐるかのように入ってみましょう。

この辺りは大正時代から昭和初期にかけて、
長屋が多く存在したところだそうです。

戦災や老朽化によってなくなってしまったものも
多数あるようですが、今でも当時の面影を残しながら
頑張ってるところがあります。

京都のように路地にある町家を改装して
カフェや雑貨店にするところは少ないですが
表通りには古い木造家屋を店舗としながらも、
おしゃれな看板を掲げているお店は少なくないですね。

地図を片手に迷ってみるのもワクワクして
楽しいではないですか!(笑)

阿倍野区の昭和町もまた、レトロな町並みですよね。
こんど、遊びに行ってみよう♪


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『法善寺横丁』~猥雑とした町並みとは違う雰囲気を残していてホッとします♪  【2013/02/16】 街ゆけば 大阪










道頓堀界隈は年々コテコテになっていきますけど(笑)
ここ『法善寺横丁』は、なにわ情緒があります。
よく考えれば、ミナミの繁華街のど真ん中ですもんね。

あまり長くはない東西に伸びる2本の路地がそこになります。
横丁内には、老舗の割烹やバー、お好み焼き、串かつ店などが
たくさんありますよ。

やはり石畳は風情がありますね~
この辺りは旧中座の2回にわたる火災があったこともあり、
大阪市の景観保護地域として建築規制がかかっています。
今ではすっかり修復されて、その影はありません。

「月の法善寺横丁」っていう歌がありましたね(笑)

京都にはこのような路地がいっぱいあるんだけどね。

もともとこの地は浄土宗法善寺の境内で、
参拝客相手の露店がいつしか横丁に発展したそうです。

横丁の一角に、織田作之助の小説「夫婦善哉」で有名な「夫婦善哉」の店と、
同じく有名な水掛け不動が隣同士で並んでいます。
水掛け不動さんも夫婦善哉も恋愛成就の縁起があるんですよね~

恋を叶える水かけ不動さんとして親しまれ、
毎日水をかけられているので苔だらけです(笑)

夫婦善哉はその名の通りお茶碗2つで出されるお善哉。
二人で分けて食べるのは縁起が悪いらしい(笑)
一人で食べることによって、良縁祈願です!(笑)

ただ、このお善哉の値段が、かなり高いらしい(笑)

織田作之助の小説「夫婦善哉」の舞台として知られていますよね。

それとむかしテレビでやっていた「夫婦善哉」
夫婦漫才コンビだったミヤコ蝶々・南都雄二夫妻が
素人夫婦を相手にトークショーを展開してましたよね。

このスタイルは現在でも「新婚さんいらっしゃい!」に
受け継がれています。

ここだけはミナミの猥雑とした町並みとは違う雰囲気を残していて
ホッとします♪


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阪急『中津駅』~京都線にはない、なんで?  【2013/02/09】 街ゆけば 大阪

阪急梅田駅を出発する神戸線・宝塚線・京都線の3路線。
けれど、出かけるときに乗る京都線には『中津駅』がありません。


淀川を渡る橋梁が、京都線だけ線路を囲う骨組みが
明らかに違うし、単独ですもんね。
手前が京都線、奥2本が宝塚線と神戸線です。

ちょっと、鉄ちゃんのところを見せてしまいました(笑)

んなわけで疑問に思い、調べてみました。


もともと京都線の線路は十三駅までだったものを、
1959年に梅田駅まで延伸したそうです。
それに中津駅は乗降客数が少なく、用地も限られていたために
新しい京都線には同駅を設けなかったという。

ところで、なぜ京都線だけ梅田駅への乗り入れが遅れたんやろう?

【阪急京都線の大半は京阪電鉄が作ったもの】


ナヌッ!?!?

現在の京阪本線は1910年に天満橋駅と京都の五条駅の間で開業。
ただ住宅地を縫うためカーブが多く、高速運転に限界があったそうな。

そこで目を付けたのが東海道線との乗客争奪戦に挑むため、
京阪は高速新線(現在の阪急京都線)を計画したわけですね。

まずは「新京阪電鉄」という子会社を設立し、
十三駅から淡路駅を経由し千里山駅までを結んでいた
「北大阪電鉄」を吸収。

さらに、1928年までに天神橋駅(現在の天神橋筋六丁目駅)から
淡路駅を経由して京都(西院駅)までの新線を開業。
嵐山線もこの時に新京阪が開業。西院駅から大宮駅まで延伸。

戦時統制で1943年に阪急と京阪は合併。

1949年に再び分離しますが、淀川を挟んで東と西では町の成り立ちが違う
ことなどを理由に、別会社でお互いに発展しようと
京阪の新線は阪急に組み込まれて現在に至るということだったんか。。。。

もともと十三駅が始発の京都線。
阪急に移ってから乗客の利便性を考え梅田駅まで延伸したけれど、
中津駅にはホーム設立の余地がなかったということなんや。

もともと京阪だった証しが沿線に残ってるそうな。
相川駅の西改札口を降りると見える安威川の「新京阪橋」

現在の橋は1968年に完成したものだけど、
旧来の名称を変えることなく戦前からの鉄道史を現在に伝えているんやね。


「トリビアの泉」~「20へぇ」

いや、役に立たないムダな知識ではないよね。
阪急京都線の大半は京阪電鉄が作ったなんて、
今のいままで知らんかったわ(*´ェ`*)


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