Casey夫人と息子が作詞した“The Ballad Of Casey Jones”(カントリー&ウェスタン)という歌に唄われて、有名になったんですね。もちろんオリジナルのWallace Saunders(Caseyの同僚)の歌が先行したようですが・・・のちに「Casey Jones 物語」として語り継がれ、博物館やヴィレッジもできたほどです。
その歌詞の一部です ♪・・・・・ On April 30, 1900, that rainy morn, Down in Mississippi near the town of Vaughan, Sped the Cannonball Special only two minutes late Traveling 70 miles an hour when they saw a freight.
The caboose number 83 was on the main line, Casey's last words were "Jump, Sim, while you have the time. "At 3:52 that morning came the fareful end, Casey took his farewell trip to the promised land. ・・・・・♪
1888年、彼はイリノイ・セントラル(Illinois Central)鉄道の工員になりました。 1900年4月29日の夜、乗務を終え帰宅準備をしていたところ、当日乗務の機関士が病気にかかり交代を受け入れることになります。 機関士のCaseyと機関助手のSim Webbの382号(7年に亘り愛したヤツは638号/軸配置が違いますね)は、乗客を乗せテネシー州のメンフィス(Memphis)からミシシッピ州のカントン(Canton)に向け定刻より95分遅れの出発です。悪天候の濃霧の中、遅れを取り戻そうと漆黒の夜を南に向け全速力で走ります。途中ミシシッピ州のグレナダ(Grenada)までの102マイルで60分、そこからウィノナ(Winona)までの23マイルで15分を回復、ヴォーン(Vaughan)に着く頃には予定より2分遅れと順調に取り戻しました。がそのとき、急カーブを過ぎると、助手のSimが前方の暗闇に立ち往生している貨物列車を発見!どうやら先行の貨物列車が遅延したのと、反対方向に向かう貨物列車が長編成だったため、待避線にすべての車両が入りきれず本線に4両が残っている状態でした。速度を落す予定のない通過駅であるため、慌てたSimは大声でCaseyに危険を伝えます。しかしCaseyが“Jump, Sim, and save yourself!”と叫ぶや恐ろしくなったSimは列車から飛び降ります。残ったCaseyは乗客と愛機382号のために最後までブレーキ・レバーを握り続けましたが・・・1900年4月30日、Caseyの腕時計は午前3時52分を指していました。 衝突によるの唯一の死傷者は、命を捨てて乗客と乗務員そして列車を守った勇敢な機関士、Casey Jonesだけでした。西部開拓時代の英雄伝ですね。 ※誤りがありましたらご指摘ください。よろしくお願いします。